ねこのすっぱ抜きサラダ 小川洋子

密やかな結晶 小川洋子 書評

 6点

 この島では常に何かが失われていく。リボン、鈴、エメラルド、切手、香水……。失われたモノは必ず廃棄しなければならない。たとえ手元に残しておいたとしても、それがはたして何であったのか思い出すことができなくなってしまう。もしも記憶が失われなかったら、その人物は異端者と見なされ、秘密警察によってただちに粛清される。粛清された人々は二度と社会復帰することはなく、その生死も定かではない。そうやって消滅現象は拡大し、やがて取り返しのつかない事態をむかえることになる。

 本書を読んでまず思い浮かべたのは「アンネの日記」である。異端者狩りや秘密警察といった設定は、ナチスのホロコーストを容易に連想させる。
 アンネとは立場が逆になるが、主人公はそんな異端者を自宅でかくまっている。記憶を失うことのない異端者は、思い出や記憶の重要性をくり返しうったえるのだが、記憶を失った”わたし”にとって、失われたモノは、たとえどんなに大切なモノであっても、存在そのものを受け入れ難く、強烈な違和感を覚えるだけ。記憶しておこうという気力すらない。
 朝、目が覚めると、「木の実」が消滅していた。窓を開けると、街路樹に実っていた果実がすべて地面に落ちている。木々の周りを見たこともない物体が飛び回っているが、それが「鳥」であることに気づくことはない。消滅は、他愛のない物から、人間のアイデンティティに関わる重要なモノまで多岐に渡る。
 物語は、ラストにいたって、この作品世界を根底からひっくり返すような展開をむかえる。しかし、論理的な結末をのぞむSFファンにとっては物足りなさを覚えるかもしれない。なぜ記憶が失われるのか解説されていないからだ。本書はあくまでもファンタジーとして読むべきである。

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凍りついた香り 小川洋子 書評

 6点

 フリーライターの涼子は、遠いプラハの地に降り立った。恋人・弘之の面影を探す旅が幕を開ける。彼は何の前触れもなく自殺してしまった。あとに残された私は、彼の実家で少年時代の思い出に浸り、数学のコンテストで訪れたというプラハにまで足を運ぶ。そこで私は、弘之の人格形成を決定づけた、ある事件の真相にたどりつく。

 どこまでも完璧に見えた恋人が一瞬で遠い人になる。けんかをしたわけでも、悩みを抱えていたわけでもない。一体なぜ、彼は死んでしまったのか? 子供時代の思い出をひも解いた先に、死の謎を解明する手がかりがあるのだろうか? 主人公・涼子は、彼の家族、元恋人、数学コンテストの関係者を取材する。しかし、死の真相はあいまいなままだ。あらすじにある”事件”というのも、単なる足がかり的なものであり、死と直接結びついているわけではない。単行本の帯には「ミステリー」とはっきり書かれているが、どちらかというと本書は純文とかラブ・ロマンスに近い。少女マンガ好きならすんなり受け入れられるはずだ。
 本書の評価は読み手によってはっきり二分すると思われる。ネット上のレビューを覗くと、大抵は絶賛されているのだが、それ以外の読者は、掴みどころのない物語に辟易するかもしれない。
 ミステリーのような劇的な展開を見せることなく物語は幕を閉じる。死んだ恋人が調香師だというだけあって、匂いに関する描写に官能性を見出すことができるものの、他の小川作品に見られる、一種グロテスクなフェティシズムも鳴りを潜めており、物足りなさを感じるのではないだろうか。
 本書のテーマは「純愛」である。あくまでも透明で儚い、秋の風のような物語に仕上がっている。それを念頭に置いて読んでほしい、そんな一冊でした。

薬指の標本 小川洋子 書評

 6点

この本には2編の中編が収められている。
薬指の標本……事故で薬指の一部を失った”わたし”は、たまたま通りがかった標本室に勤務することになる。そこでは、客が持ってきた品物や想いまでも標本にして保管することができるのだという。
”わたし”は、標本技師・弟子丸氏から、足にぴたりと吸いつくようにフィットする不思議な靴をプレゼントされる。それは彼が捧げた変わった愛のかたちだった。”わたし”はしだいに彼に惹かれ、言われるがまま愛情を享受するのだが、ある日標本室を訪れた少女にジェラシーを抱いて……。
六角形の小部屋……スポーツクラブでいつも気になっていた女性のあとを追うと、彼女は「カタリコベヤ」に入っていった。そこは独白するためにのみつくられた部屋。誰にも聞かれたくない想いを声に出して、誰にともなく語りかける、ただそれだけで救われた気分になれるのだという。教会の懺悔室とは違い、自分を見つめ直すために存在している。しかし独白行為には依存性があるようで、”わたし”は毎日足しげく通うようになる。そのとき、カタリコベヤは……。

 まず「薬指の標本」であるが、読了後、これにはちょっと寒気を感じた。標本技師のサディスティックな欲望と、それを欲する”わたし”。何の言葉もなく、ただただゆがんだ欲望をさらけ出し、悦に入る標本技師の姿にゾッとした。その一方で、この作品を美しいと評する声も多いようだ。ゾッとする、しかし美しい。静謐で淡々とした文章も美しいが、服を脱がされ、黒いハイヒールだけを履き、されるがままになる姿や、欠損した肉体に悦びを見出す特殊なフェティシズムにも暗い炎のような魅力があるのではないだろうか。
 この作品は2004年にフランスで映画化されているようで、そちらもきわめて評価が高い。(下の画像)
 一転して、「六角形の小部屋」は評価に苦しむ。なぜ何の変哲もない部屋で自分をさらけ出すことができるのか? 独白すれば悩みやしがらみから解放される、という設定もまた苦しい。部屋の運営者たちに惹かれつつある”わたし”。しかし彼らは、その想いに反比例するように遠い存在になってしまう。結局のところ、都市伝説のようなかたちで物語は幕を閉じる。



沈黙博物館 小川洋子 書評

 6点

 偏屈な老婆からの依頼は、人の形見を扱う博物館をつくること。博物館技師である”僕”は、老婆の娘とともに、形見を整理・分類し、また、誰か亡くなった人がいれば、死者の形見を次々とコレクションしていく。ただし、故人の形見は、お願いして分けてもらうのではなく、盗み取ることこそが肝心なのだと老婆は言う。
 おりしも町では爆弾魔が世間を騒がし、女性を狙った異常犯罪まで起きている。死者が増えれば形見も増える。やがて疑いの目は、被害者の周辺をうろつく”僕”に向けられるようになり……。

 この物語はファンタジーだ。それも、暗く重厚なファンタジーである。ミステリーの要素もあるが、犯人なんてどうでもいい、要は世界にたった一つしかない形見専門の博物館ができればそれでいいのだ。主人公たちは、いつの間にか老婆の言葉に惑わされ、次第に感化されていく。
 この世に生まれた者は誰であれ、やがて死に、この世に何らかの痕跡を残していく。人の思い出は時が経つとともに風化していくものだが、死者が遺した形見は誰よりも雄弁に人生を物語ることができる。
”僕”は、この町に取り込まれ、抜け出せなくなっていく。兄に宛てた手紙は宛先不明で戻ってくるし、休暇を取ろうとした矢先に体調不良でダウンしてしまう。殺人犯の正体に気づいて逃げ出し、とっさに駆け込んだ駅にはいつまで経っても電車は来ない。(この辺り、カポーティの「遠い声、遠い部屋」を連想させる)
 庭師にしても、彼の伴侶である家政婦にしても、先祖代々この屋敷に仕えており、外の世界を知らないというし、まだあどけない少女もまた、老婆の跡を継ぐことが決定づけられている。そして”僕”はというと、仕事を達成した後も帰ることなく、博物館の受付をしているのである。彼もまた、屋敷に囚われてしまったのだ。
 この先も死者が絶えることはない。形見の蒐集はいつ果てることもなく永遠につづくのだ。

ブラフマンの埋葬 小川洋子 書評

 5・5点

 芸術家に向けて開放された<創作者の家>。管理人である「僕」はある日、傷だらけの動物と出会う。犬とも猫ともつかない動物「ブラフマン」と僕の心の交流を描く、純情で、それでいてどこか切ない物語。

 主人公「僕」とブラフマンの交流は温かな眼差しで描かれているが、彼を取り巻く登場人物は、碑文彫刻家をのぞいて、皆ブラフマンに嫌悪感を示している。<創作者の家>の住民は動物アレルギーを理由にブラフマンを家に閉じ込めろと言い出すし、僕の憧れの女性もまた、野生動物を飼うことは法で禁じられているなどと言って、ブラフマンの存在を拒絶する。
 タイトルが示している通り、最後にはブラフマンの死が待ち受けており、物語はそこで唐突に終わってしまう。「僕」の恋も生きがいもシャットアウトされてしまい、読者は宙に投げ出されたまま、着地点を模索しなければならない。温かさと切なさがないまぜになった不思議な物語である。

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SF・ファンタジー系の小説、漫画、映画のレビューおよび、8匹のねこが生息するペットブログを展開中☆

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採点は10点満点です。
6・5点以上がおすすめ。
6点は佳作。
5・5点は好みによる、といった感じです。

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