海の底 有川浩 書評
横須賀基地が一般市民に開放される桜祭の日、未曽有の巨大生物が基地を襲った。逃げ惑う群衆を切り刻みながら上陸をつづけるレガリス。祭に参加していた子供たちは、自衛官の誘導で潜水艦に避難する。しかし、救出のためにヘリが近づくと、レガリスの群れが潜水艦を取り囲み、子供たちと、夏木、冬原両自衛官は逃げ出すことができなくなった。レガリスが潜水艦の外殻を破ることはできないようだが、閉じ込められた子供たちのあいだで確執が生じ、歪んだ人間関係が築かれようとしていた。
救出しようにも、思うように火器の使用に踏み切ることができない警察と自衛隊。現実に脅威にさらされたとき、果たして政府は速やかにそれを排除することができるのか? SFというかたちを借りたシミュレーションが今、幕を開ける。
組織と法律に縛られ、思うように身動きが取れない日本の問題点を指摘しつつ、潜水艦という限定された空間でしっかりと青春(というより、思春期の葛藤)を描いたラブストーリーでもあるという、有川浩一流のSF長編。
巨大甲殻類の襲来、と聞いて、グロテスクなクトゥルーモノだと思って読み始めたのだが、凄惨な描写はほとんどなく、子供たちの勢力争いがメインテーマになっている。
SFホラーを期待していたので、ある意味拍子抜けしてしまった部分もあるのだが、それでもグイグイ読ませてくれるのが著者の巧さなのだろう。気づいたらあっという間に読了していた。
しかし、全体的にもう少し緊張感がみなぎっていた方が良かったんじゃないかと思う。バトルシーンは申し訳程度にしかないし、警察上層部のやりとりも、なんだかのほほんとしている。艦内の確執は「町内会の延長」なので、どこかヨソでやってほしいと思った。自衛官の夏木と冬原には感情移入ができなかった。二人ともこれでもか、というほどの正義漢なのだが、冒頭で見せた子供たちに対する言動に幻滅してしまったからだ。上官が死んだのはお前たちを助けたせいだ、とでも言わんばかりの短絡的なセリフである。ただ、それだけで本書を過小評価するべきではないだろう。採点は6、という結果になった。じゅうぶん良書である。
本書の原典はスティーヴン・キングの「霧」(「骸骨乗組員」所収)だと思われる。同じような設定でも、まるで違う物語になっているので、ぜひ読み比べてほしい。こちらはバリバリのホラーです。

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